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「ミステリーやダークファンタジーのような、深く複雑な物語の世界をこよなく愛している。……でも、現実世界では『お化けなんてただの枯れ尾花(見間違い)でしょ』と身も蓋もないほど現実的に割り切ってしまう」
あなたは、自分の中にそんな極端な矛盾を感じたことはありませんか?
ロマンチストなのか、超・現実主義者なのか。夢を見たいのか、見たくないのか。
深く共感する心(HSPやINFJ的気質)を持つ内向型人間は、実はこの「フィクション(理想)」と「現実」の境界線で、日々ひとり密かに激しい葛藤を繰り広げています。
今回は、そんな私たちの頭の中で何が起きているのか、ちょっと笑える「リアルな日常の取扱説明書」として公開します。
目次
お化けは枯れ尾花であれ。現実への強固な割り切り
私たちのようなタイプは、基本的に「目に見えない繋がり」や「不思議な世界」に対する強い憧れを持っています。魂の根っこの部分では、神秘的なものを愛するロマンチストなのです。
しかし、いざ現実の生活となると話は別です。
怖い話を聞いたり、暗闇で不気味なものを見たりした瞬間、私たちの頭の中では「いや、データと物理法則から考えて幽霊は存在しない」「あれはただの枯れ尾花だ」という、強烈な現実主義のストッパーが作動します。
なぜそんなに冷めた割り切りをするのか?
それは「本当に信じてしまったら、怖すぎて日常生活が破綻してしまうから」です。感受性が強すぎる私たちは、少しでもそちら側に足を踏み入れると、すべてのノイズを拾い上げて神経が焼き切れてしまいます。だからこそ、自分の精神を平穏に保つために、あえて「すべては現実の物理現象にすぎない」と自分自身に強く言い聞かせているのです。
宝くじは1口だけ。そして外れて本気で絶望する
この「ロマンと現実のせめぎ合い」が最も顕著に、そして滑稽に現れるのが「宝くじ」です。
頭の中の現実主義者はこう言います。
「当選確率は天文学的数字。ここに大金をつぎ込むなんて、生活の安全を脅かす非合理的な博打だ。絶対に買ってはいけない」
その結果、私たちは大枚をはたくような破滅的な行動には絶対に出ません。
しかし、心の奥底にいるロマンチストがこう囁くのです。
「でも、1口か2口だけなら……!もしかしたら奇跡が起きて、人生が劇的に変わるかもしれないじゃないか……!」
結果として、私たちは「ほんの数口だけ買う」という、最高に中途半端な妥協案に行き着きます。
そしてここからが内向型人間の最も厄介なところなのですが、「頭では当たるわけないと分かっていたはずなのに、いざ外れるとものすごい衝撃を受けて本気で落ち込む」のです。
少しでも夢を見てしまったがゆえの、この深いダメージ。「分かっちゃいるけど傷つく」という面倒くささこそが、私たちのリアルな生態です。
アルゴリズムへの反逆と、結局寄り添う理屈
フィクションと現実の葛藤は、ブログや文章を書く時にもひょっこり顔を出します。
本音を言えば、私たちは「検索アルゴリズム」という無機質なシステムに喧嘩を売りたいのです。
「大衆向けの直接的な表現は避けたい」「キャラクターの名前も、自分が決めた独自のニックネームで呼びたい」。なぜなら、それが自分の愛する世界観であり、魂のこだわりだからです。
しかし、ここでも「理屈」が顔を出します。
「いや、自分が有名人ならそれでもいいけど、悩んでいる読者に見つけてもらうためには、ちゃんと正規表現(誰もが検索する言葉)を使わなきゃアクセスなんて来ないぞ」と。
結局のところ、自分の感情(エゴ)よりも、理屈(システム)のほうが、結果として「読者に寄り添う」という正解を導き出してしまうのです。しぶしぶ正規表現を打ち込みながら、心の中ではひっそりとアルゴリズムに舌打ちをする。これもまた、クリエイター気質を持つ人間の日常あるあるです。
強固な「現実の壁」があるから、深い物語を愛せる
「フィクションはフィクションでしかないと、自分自身が割り切りすぎている」
そうやって少し冷めている自分に、寂しさを覚えることもあるかもしれません。
でも、実はその「地に足のついた現実感」こそが、私たちが物語を深く愛するための重要な安全装置になっています。
もし、現実とフィクションの境界線が曖昧だったらどうなるでしょう。
私たちが好むような、人間の業が渦巻くミステリーや、おどろおどろしいホラー、狂気を含むダークファンタジーの世界に、あっという間に精神が飲み込まれ、現実に戻ってこられなくなってしまいます。
「お化けは枯れ尾花だ」と即座にシャッターを下ろせる強固な現実感があるからこそ、私たちは安全な客席から、安心してどっぷりと暗く深い物語の底へ潜っていくことができるのです。
まとめ:矛盾したまま、この狭間を遊ぼう
頭では冷静に確率を計算しながら、心では本気で奇跡を信じて傷つく。
アルゴリズムの重要性を理解しながら、自分の好きなキャラクターの名前は独自の愛称で呼びたがる。
そんな「理屈と感情のアンバランスさ」は、時に自分でも呆れてしまうほど面倒くさいかもしれません。しかしそれこそが、フィクションの深さを味わい尽くし、かつ現実社会で安全に生き延びるために私たちが編み出した、最高の生存戦略です。
どうかその矛盾を直そうとせず、面倒くさい自分のまま、現実とフィクションの狭間を思う存分遊んでいきましょう。




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